結論から言うとタイトル通りなんだけど、もう少し丁寧に、私に起こったことを整理しようと思う。
このブログでも何度も書いているが、私は双極性障害II型と診断されていて、今まで何度も鬱を経験し、その度に乗り越えてきた。
2023年には精神科閉鎖病棟への1ヶ月の入院も経験した。
その後は、多少の気分の波はあれど、大きく揺らぐことは少なく、2026年になった。
しかし、だ。
2026年2月、つい今月のこと。
大きな鬱の波がやってきた。
食事も摂れなくなり、しばらく動けなくなった。
最近の私は、お金のこと。そして、家族のこと。
色々な悩みがあった。
それが不運にも重なってしまった。
母親と話していたら、つい私が泣いてしまった。
泣きじゃくって何も喋れなくなった私に、母は、「言わななんもわからん!」と怒鳴りつけた。
その瞬間、私の中の何かが壊れた。
そして、2026年2月18日のこと。
つい昨日のことだが、その日はよく晴れていた。
仕事を休んだ私は、家にいるのが嫌で、散歩にでも出ようと思った。
最初は、家から歩いて1時間ほどの神社まで行くつもりだった。
でも、Googleマップを見ていると、なんとなく、山に行きたくなった。
Googleマップで色々探すと、私が住んでいる神奈川県内には、大山という山があった。
そうだ、山だ。
とりあえず行けば、なんとかなると思った。
最初はそんなつもりではなかったけれど、外に出ると、私の足は確かに駅に向かった。
最寄駅から電車に揺られた。
登戸駅で小田急線に乗り換えた。
そして、伊勢原駅に着いた。
駅近くのホームセンターでロープとハサミを買った。
バスに乗って、大山ケーブル駅方面に向かった。
ケーブルカーの終電はもう無くなっていたけど、とりあえず向かった。
終点の大山ケーブル駅でバスを降りると、もう日は暮れかかっていた。
山方面に向かって歩き出したはいいものの、意外と、民家が多い。(伊勢原市民の皆様、ごめんなさい)
どこかから山の奥の方に入っていけるかと思ったものの、ズラッと民家が軒を連ねていて、入っていける隙間がない。
不法侵入になるのも嫌だ。
山のある程度上まで歩いたら行き止まりになったので、仕方なく下った。
山を下っているうちに、すっかり暗くなってしまった。
大山の道は街灯はあるもののとても暗く、歩行者が一人も通らない。
そんな道を、文字通り独りでとぼとぼ歩いた。
真っ暗で、10メートル先もよく見えない一本道は、何かを示唆している様だった。
そのうち歩き疲れて、バス停でバスを待つことにした。
次のバスまでは20分ほどあった。
空を見上げると、地元川崎では信じられないほど美しい星空が広がっていた。
ちょうど空の真ん中にオリオン座が広がっていて、川崎ではせいぜい真ん中の三つ星と冬の大三角くらいしか見えないが、大三角の間の暗い星まで、よく見えた。
私は何をしてるんだろう、と思った。
そして、私はそのまま伊勢原駅行きのバスに乗り、帰路に着いた。
あの夜空は、暗い道は、もしかしたらいつのまにか本当に死んでしまったのかと思うくらい、美しかった。
そして、あの夜確かに、私の中の何かが、「死んだ」。
この出来事をスレッズに書き込んだら、実にたくさんの方々が、優しい言葉を残してくれた。
その中のお一人が仰っていたが、私は確かに、山に「呼ばれた」のだと思う。
大山には、小さな神社や祠がたくさんあった。
そこに祀られている神々一人一人に、私は呼ばれて、お話をしてくださったんだと思う。
ただ伊勢原まで行って無意味に彷徨っただけの人になったけれど、絶対に忘れられない夜になった。
伊勢原の皆さん、ありがとうございました。
今度は、ゆっくり観光しに来ます。
この世に希望が持てなかったとしても、空は見てるんだなと感じた出来事でした。