障害者手帳を申請することが決まってから約1ヶ月が経った2022/12/12、障害者手帳申請用の診断書を受け取りに行ってきた。
気になる診断名は、「双極性感情障害II型」と「広汎性発達障害」だった。
ちなみに広汎性発達障害とは、自閉症やアスペルガー症候群などをひとまとめにした自閉スペクトラム障害のことである。多分。
ADHDの診断は降りず、自閉症の診断はついたのが個人的に意外だった。
しかし、やっぱり発達障害があることがここでようやくわかった。
今までずっとグレーゾーンだと思って生きてきたので、やっと診断が出てスッキリした気持ちもある。
コミュニケーションの苦手さ、社会生活を送ることの困難さ、今までのやりにくさにちゃんと理由があったことは素直によかった。
しかし、それとは別に障害があることを受け入れるのは大変かもしれないと思ったのでこれは後述する。
「生活能力の程度」欄は全て「おおむねできるが援助が必要」、「精神障害を認め、日常生活又は社会生活に一定の制限を受ける」とのことだった。
等級がどうなるかはわからないが、生活能力はおおむねあるとの判定にはまずまず納得である。
月に1、2回の通院、1回10分程度の会話で医者って患者のことをよく見てるんだなーと思った。当たり前かもしれないが。
精神障害や発達障害は目に見えないので症状の出方や日常生活社会生活をどの程度送れているかで判断するしかなく、その分精神科医は他の医者より患者をよく観察する能力に長けているのかもしれない。
障害を受け入れるのが大変かもしれないということは先に述べたが、自分が自閉スペクトラム障害であるという事実をまだ噛み砕けていない。
知能検査WAISを受けた時、言語理解IQが120あるのに対して知覚統合IQが68しかなかった。
この凹凸の差は実に52もある。
この群指数の凸凹の差が15を超えると「発達障害の疑いあり」と判断されるらしいので、私の52という数値は相当だと言えるだろう。参考:https://shohgaisha.com/column/grown_up_detail?id=827
(2018年の記事なので情報古いですが…)
ちなみに、知覚統合が低いと、先の見通しを立てるのが苦手であったり、言外の意味を汲み取ること、暗黙の了解を理解することなどが苦手
であるなどという特性が現れやすく、その特性が自閉スペクトラム障害に当てはまることが多い。
しかしその時点では具体的な病名、発達障害であるという告知はされなかったので私はずっとグレーゾーンだと思い込んでいた。
WAISの結果はそれだけで発達障害の診断基準を満たすものではなくあくまでも参考にするだけではあるのだが、やっぱり私の結果はおかしかった。
グレーゾーンだと思っていた時もモヤモヤしていたが、発達障害だということがハッキリするとそれはそれで事実の重さをなかなか受け止めきれない。
双極性障害だと言われた時もそうだったが、障害ではない、病気が軽い場合はこれから治るかもしれないという希望がある。しかし、障害だとハッキリしてしまうと発達障害の場合治る可能性はない。
これはなかなかズッシリ来るものがある。
しかしもちろん先程も書いたように今までの生きづらさに説明がついた安堵感もある。
なかなか複雑な心境だ。
余談だが、父方のいとこが自閉症(たぶん)で、軽い知的障害もあると思われる。
なので急に親近感が湧いてきた。けど彼個人の連絡先は知らない。
以前も書いたが母方が精神疾患の家系で、父方のいとこが自閉症なので両方の遺伝子をまるっと引き継いでしまったのが私というわけだ。とほほ。
いとこは自閉症だと思われるが愛嬌がある人で、法事などで会った時もにこやかに挨拶してくれる。
私より2個ほど年上で障害者雇用で働いている。
いとこより私の方が根暗でコミュニケーションが苦手なように思えるので、私も自閉だとわかってなるほどと思ったが自閉なのは彼も一緒なのに不思議だ。自閉症ではないのだろうか。違ったら失礼だ、ごめんなさい。
21歳でようやく発達障害だと判明し、もっと小さい頃にわかっていれば…と悔やむ気持ちもあるが過去ばかり見ていても仕方がない。障害を受容し自分の特性を理解して障害と共存していく道が始まる。
来年から障害者雇用での就活を始めようかと考えているし、障害年金が受け取れるのかどうかについても調べないといけない。
まだまだ道は始まったばかりだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。次は多分来年書くかなと思うので一足先に良いお年を!またどこかで。